JavaScript機能をONにしてください。 吉田町のみかん【宇和島市観光物産協会】
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vol.9 日本屈指のみかん生産地 吉田町のみかん Mandarin orange of Yoshida-cho.

宇和島市吉田町とみかんの深い関係
宇和島市吉田町とみかん

愛媛県の中でも、“みかんと言えば吉田町”のイメージが定着していますが、なぜ宇和島市吉田町が「みかんの町」として発展したのでしょう。吉田町でみかん栽培のはじまりを探りました。

吉田町とみかんの歴史

みかん畑からみる吉田町の風景:写真クリックで拡大

「愛媛みかん発祥の地」として吉田町のみかん栽培には200年以上の歴史があります。

 

起源は様々な説があり定かではありませんが、書籍『立間村柑橘/立間村農会/1913年発行』によると、1793年に加賀山平次郎氏が、土佐から温州(うんしゅう)みかんの苗木を持ち帰り、庭に植えたことがはじまりであると記されています。

 

みかん栽培が盛んになったのは明治時代。

以降、吉田町のみかん栽培は運送手段の進歩と熱心な生産者の増加により、1915年(大正4年)には収穫量が愛媛県全体で、全国の半分近くを占めるまでになりました。また1933年(昭和8年)に農事試験場南予柑橘試験地(現みかん研究所)が設立されて以来、積極的にみかんの試験研究・技術普及がおこなわれています。

こうして吉田町は、誰もが認める「みかんの町」として発展してきたのです。

吉田町のみかんが美味しい理由

なぜ吉田町のみかんが美味しいのか、その秘密は自然環境にありました。

 

 

この3つの自然条件がうまく重なる吉田町だからこそ、美味しいみかんを作ることができるのです。

みかん畑からみる吉田町の風景:写真クリックで拡大
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