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――毛利家は戦国時代の武将として有名な毛利元就の家系ですか? いいことを聞いてもろたね〜。話せば長くなるけどね。毛利元就もここの七代当主の元彦も”元”がついとるでしょ。関係があるんよ。家系図を見てもらうと分かりやすいよ。長い家系図になるけどね。 ――家系図などの歴史的資料が残っているのですか? 古文書が千点ほどあってね、月に2回勉強会をしよるんよ。第2土曜は「古文書」。第4土曜は「庄屋」。勉強しませんか。 そうやって勉強会をしてるとね、点と点を結んだら線が出来るじゃない。見えないものが見えてくるわけ。もう1つ点を結んだら面ができるじゃない。 そういう郷土史がやりたい。郷土史を語って郷土を愛する心を育てたい。愛は知なりと言うじゃない。 どの家にも歴史はあるけど、この家には、特別な歴史があるのね。そして、物にもね。だから、「物」に語りをつけて、「物語」をね。それに歴史を加えて「史談」もね。こんな、「物語」や「史談」を後世に伝えていかないといけないと思っとるわけよね。 ――屋敷の特徴を教えてください。 母屋が角屋座敷(つのやざしき)になっとるのが特徴よね。 初代甚蔵さんのお父さんは隣村のお庄屋さんと、この是房村を兼務しよったの。甚蔵さんが15歳になったとき、寛保元年(1741年)、お父さんは息子を庄屋にさせてほしいと藩へお願いしてお許しをいただいた。それから12年かけて母屋を建てたの。お殿様に座敷へ来てもらいたくて母屋で一番良いところということで、座敷を前へ角(つの)のように突き出して作ったのよ。 これは県に2例しかない珍しい造りで普通は鍵屋座敷(かぎやざしき)という造りなのよ。でも、私たちは「角屋座敷」と呼んでるの。 ――他にはどんな特徴がありますか? 例えば大黒柱やけど、惣川の土居家はかくれんぼできるくらい大きいのに、この屋敷の大黒柱はとても小さいの。座敷の柱に板を張っているのは、大きく見せるためではなく、多分、虫に食われ見苦しくなったので、板を張ったのでしょうね。 これは材を粗末にしない、15歳で庄屋にしてもらったという謙虚な気持ちが現れとるのよ。 この気持ちは家風になってずっと受け継がれている。大きさや量で競うのではなくて、物を大事にするということは人も大事にするということなんよね。 ――屋敷の管理はどのようにされていますか? 毛利の奥さんが、毎日戸を開け閉めして管理されてるよ。 雨の日は湿気がこもって家が傷むから開けんけど、天気の日は雨戸を開けてね。夜になったら閉めるんよ。物や家を大事にする心で管理されとるの。代々受け継がれてきた心よね。だから、守る会の会員みんなが奥さんに感謝していますね。 |
『毛利家を守る会』事務局長
家系図を指しながら毛利家の歴史を教えてくださる羽藤さん。土蔵は資料室になっており、貴重な資料がところ狭しと並ぶ。
例えば茅葺き屋根からも農村文化の心を知ることができる。
「中へお入りください。旧庄屋毛利家の説明をします。」とある。屋敷は無料開放されており、設置されているCDプレーヤーから屋敷の解説が聞けるようになっている。 |




















