道の駅「みま」コスモス館
畦地梅太郎記念美術館・井関邦三郎記念館
館長
高野
莞爾さんに
案内していただきました
畦地梅太郎記念美術館
「畦地先生は、モダンなセンスでぬくもりのある版画を作っています。家庭的な家で育ったので、お人柄はのびのびとやさしくおおらかな人でね。
そういうことが心に残っているから、山や自然、小さな動植物を愛する心があるんです。それが絵に出てくるんです。」
やさしい口調と穏やかな表情から作品に対する深い愛情を感じることができます。
畦地梅太郎記念美術館では、畦地梅太郎の作品以外にも、年に4回三間町出身の作家の作品と併せてのイベントを催しています。
三間の風土が生んだ優しい版画家の作品を是非じかに見て楽しんでみてください。
井関邦三郎記念館
井関邦三郎は、総合農機メーカーとして全国でもトップクラスの生産高を誇る「井関農機」の創業者です。この記念館では、井関邦三郎の農機具に懸けた人生の軌跡に触れることができます。
はじまりは稲の間に生える草を除草する農機具『大野式除草機』。邦三郎はこれを自転車に載せ自ら売り歩いていました。後に高性能の『全自動もみすり機』の製造・販売を松山で開始し、井関農機の基礎を作ったのです。
戦後は農業機械化ブームに乗って、耕運機・コンバイン・トラクタ・田植機を次々に開発。当時人気歌手の桜田淳子さんがCMキャラクターを勤めた田植機「さなえ」シリーズが爆発的に全国に広がり一躍有名になりました。
館長の高野さんは三間の農家について、
「60歳はまだ若い方よ。古希を迎えても機械を使って作業しよるよ。」
とお年寄りの元気ぶりを教えてくださいました。
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畦地梅太郎記念美術館・
井関邦三郎記念館
館長 高野莞爾さん
畦地 梅太郎
(あぜち うめたろう)
1902年(明治35年)愛媛県北宇和郡二名村(現在の宇和島市三間町)に生まれ、1999年(平成11年)96歳の生涯を閉じた版画家。10代で上京して油絵を自修、やがて創作版画家として山や山男をモチーフに独自の世界を確立する。戦後は最もポピュラーな版画作家の一人として活躍、サンパウロ・ビエンナーレをはじめとし、国際的にも幅広い活動を見せた。1976年には日本版画協会名誉会員になった。
「雪渓に立つ」1956年
木版 畦地梅太郎
井関 邦三郎
(いせき くにさぶろう) 総合農機メーカーの創業者。1899年(明治32年)、北宇和郡三間村(現在の宇和島市三間町)出身。 耕運機・コンバイン・トラクタ・田植機を次々に開発して、井関農機を、わが国を代表する総合農機メーカーに育て上げた。 |