JavaScript機能をONにしてください。 遊子水荷浦の段畑(インタビュー1)【宇和島市観光物産協会】
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vol.3 遊子ゆす水荷浦みずがうらの段畑 DANBATA in Yusu Mizugaura

「昔はあの向こうも全部もう、頂上まで段畑やったんやけんなぁ。」

僕が訪れたときにも、数名の方が石垣の補修をしていました。

「段畑を守ろう会」の松田行雄さんにお話を伺いました。


…昔は石垣を付けるのが夢だった…

江戸末期くらいからかな、段畑が始まったんは。

その当時はまだ、こんな石垣をついてなかったんよ。

この斜面を削っては イモを植えとったんよ。

大雨が降ったら土が流れてしもうて・・・だから早く石垣をつきたかったんやけど、収入といったら・・・・イモを食べるのにも一生懸命の時代やったけんね。

詳細

水荷浦の入り口に石碑がたっとったやろ。

僕(以下)ああ、来る途中にありました!

その碑文を読んでもろうたらわかるけど人を雇ってまで石垣をつくことはなく家内中の者が力を合わせて、石を背負って石垣をついたわけですよ。ですから石垣をつくのは夢やったんですよね、当時は。


…丸い石は海の石…

ついとる石垣の石にも丸い石があるやろ、これらは海からもってきたもんなんよ。

はーそうなんですか…!

角が丸くなった石は山にはないけんな。

海からこの急な山に上げるのも大変じゃったと思うで。


…ネズミの害。山が荒れる…

それで・・・・その当時 昭和20年…25年くらいやったか、この辺にドブネズミが大発生してね。

食べちゃったんですか。

いもも麦も、根こそぎ みんなやられた時期があったんよ。

それから昭和35,6年くらいが、一番ネズミの被害が多かった。そこでネズミを退治せんといけんということであれこれやってみたんやけど、さっぱりで、猫もおるけどここら辺の猫はイリコ(煮干し小魚)を食べよるけん、ネズミなんかひとつも捕らんのよ。

(笑)

その結果畑はほったらかしになって荒れてしもうたんよ。


…養殖が始まり人手不足に…

そんで、その当時、魚の養殖が流行ってきてな、ここら一面見渡す限り段畑やったんやけど、畑の仕事をしていた連中もみんな収入の多い養殖(タイやハマチ)に行ってしもうたんよ。

人手が足らなくなっちゃったわけなんですね…

ほんで畑も荒れ放題で、今残っとる段畑はこの遊子でも日当たりが良くておいしい馬鈴薯のとれる水荷浦だけになったんよ。

海を見てみさい、魚の養殖いかだがいっぱい見えるやろ。

段畑の歴史
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